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闇に囁く儚くも美しい姉弟の物語 「姉なるもの」 2巻まで 飯田ぽち 【マンガレビュー】

2017/5/27、2018/3/8に購入

姉なるもの

 

 天涯孤独な少年・夕はある日、美しくも冒涜的な何かと出会った。【千の仔孕む森の黒山羊】と呼ばれる「それ」に、夕は自分の姉になることを願う。すると「それ」は「千夜」と名を変えて、彼の姉になり――? クトゥルフ神話の最果てで、姉弟の愛を描く『姉なるもの』、第1巻堂々発売。

 

幸か不幸か、僕には女兄弟はいません。

 

 

故にラブコメ系フィクションにおける姉モノも、妹モノもどちらも大好物です。
だってどちらも現実に居ないので、純粋にフィクションとして楽しめるんですもの。

そういえばリアルに姉や妹がいる人は、フィクションにおける姉萌えや妹萌えという概念が理解できないと聞きます。
やはりそれは姉や妹という存在に限らず、現実というものはそれだけクソマンガ、クソアニメ、クソゲーだということでしょうか。

であればVRでもARでもJRでも何でもいいから、誰か僕たちをとっととさっさと2次元の世界へ連れてってくれまいかと切に願わずに入られません。

ところで今挙げた3つの中で1番手っ取り早く2次元世界へ連れて行ってくれそうなのはJRなような気がします。
でもそれは電車に乗ってという意味ではなく……いや止めておきましょう。

 

 

ところで姉モノのマンガでは既にこちらの作品をレビュー済みです。

 

 

この記事の中で僕は「あまりにあざといタイトルとは裏腹にある種の切なさが感じられる」、といったことを書いたと思ってたら全然気のせいでした。
今思いついた模様(笑)

それはともかく、

 

 

姉モノ・姉萌えと呼ばれるジャンルそのものの根底には、ある種の儚さとか切なさといった情感が含まれているように感じられます。

 

郷愁・ノスタルジーといってもいいでしょうか。

姉モノの作品を読む時に僕たちは、心の何処かで僕たちは何も心配することなく大きな愛に包まれて過ごした幼き日を思い出しているのかもしれません。

でもそれってもしかしたらマザコン的な感情と同じようなものではないかという気もしてきましたが、それはスルーしておきましょう。

 

 

 

さて姉モノというジャンルそのものにどう仕様もなく含有される要素がもう一つあります。
そう、エロスです。

 

 

綺麗なお姉さんは例外なくエロスを身にまとっています。

 

エロいじゃなくてエロス、ですよ。
良い姉モノに登場するお姉さんには、彼女がビッチ系であろうが清純派であろうが、全身からゆらりとエロスが立ち上っているのです。
これはもう「綺麗なお姉さんと可愛い弟」という図式から自然に生成されてくるものだと思います。

同様に妹モノにおける「割と普通な兄と可愛い妹」という図式からも立ち上ってくることはくるのですか、そちらの方ではエロスというよりはもっと素直にエロい、あるいはいかがわしいといったような、より単純化されたエロさが感じられる傾向が多いと思うのは僕だけでしょうか。

ていうかこれはただ単にそういう傾向のエロマンガが多いってだけのことですね。

 

それにしてもこの作品のお姉さんは、もともとが「人ならざるもの」が「姉なるもの」に変化、いや降臨なされたということもあり、その身に纏う妖艶なるエロスは尋常ではありません。
これは作者の持つ超絶画力からもたらせるものと普通に考えてもいいのですが、単純にそれだけではない何かを感じます。

やはり前述した儚さ切なさとの組み合わせの妙からもたらされるものではないでしょうか。
少年は物語の最初から既にこの姉との別れを予感しています。
あるいは悪魔に願いを叶えてもらったものの常として、自らの命や魂を捧げる覚悟がすでにできているのか。

こうした悲痛な思いと奔放かつ豊満な姉なるものの無邪気な存在の間で揺れ動きかき乱される少年の純粋な心の内のありようこそがまさにエロス、というものなのかもしれません。

 

 

 

 

さて以上長々と書いてしまいましたが短くまとめるとするならば、

「これだけ綺麗で可愛くて純真でエロいお姉さんなら、正体が邪神でも仕方ないんじゃね?」

であります。

そしてこの儚くもエロい姉弟にハッピーエンドが訪れることを祈りつつ、次なる巻を全裸待機しようと思います。